「多摩川の明ける空から~♪」
川崎市の朝はごみ収集車が軽快なメロディーを運んでくる。
音楽が聴こえて来ると自然と歌詞を口ずさむ。
それが私の日常だ。
毎年等々力陸上競技場のアウェーゴール裏から耳にしていたこの曲、「好きです かわさき 愛の街」は川崎フロンターレが試合前に歌う川崎市民愛唱歌である。
(実は川崎市歌は別に存在するのだが、浸透率は低い。)
私は、5年前川崎市に引っ越して来た東京都調布市出身のアルビレックス新潟サポーターである。
※新潟に無縁な私がなぜアルビレックス新潟を応援するようになったかはこちらをご覧ください。
Jリーグの他のクラブから注目される川崎フロンターレは、市民にとってどんな存在なのだろうか。
一人の市民、一人のJリーグサポーターとしてこのクラブを見つめてみたいと思う。
勝利はホームタウンに愛されるための手段
引っ越してきてからというもの、街を歩けば私の目にフロンターレが飛び込んで来た。
近所のお店のポスターはもちろん、よく行く地元のスーパーにも選手のパネルがある。『かわさき 応援バナナ』だ。
溝の口のマルイにはふろん太とカブレラのイラストがいたるところにあるし、イベントのオブジェには必ず現れる。
また川崎市内の駅周辺でサポーターや選手・ふろん太が募金活動をしているのも何度も見かけた。
川崎フロンターレが本拠地を置く神奈川県川崎市は政令指定都市の中で最も面積が小さい。
周囲は横浜F・マリノス、FC東京、東京ヴェルディ、横浜FC、YSCC横浜、FC町田ゼルビアなどびっしり他のJリーグクラブに囲まれている。
だからこそ、地域密着でファンを地道に増やして来たと言うのが私の最初の認識だった。
川崎フロンターレのサポーターはポスター1枚とっても、掲示されたポスターの試合日程が終わると、翌日には新しいポスターに張り替わっている。街のフラッグもイベントに合わせて何度も交換されていた。
それらを見て、周りをたくさんのクラブに囲まれているからこそ、地元のファンを獲得するための施策が綿密なのだと思っていた。
しかし、天野さんの本でその認識が異なっていたことを知る。
天野春果さんは川崎フロンターレのプロモーション部で長年活躍され、今は東京オリンピックに出向されている方だ。
私は夫に勧められ天野さんの本「スポーツでこの国を変えるために スタジアムの宙にしあわせの歌が響く街」を読んでみた。
天野さんは本の中で川崎フロンターレにとってのクラブづくりの目的を『川崎フロンターレが存在し、活動することで川崎市及び川崎市民の生活を未来永劫、豊かにしていくこと』としている。
そのためには、ホームタウンの街に愛される存在にならなければいけない。愛されているからこそ、もっと愛されるために”試合に勝つ”という手段が重要になってくる。
「スポーツでこの国を変えるために スタジアムの宙にしあわせの歌が響く街」より引用
つまり優勝するためにクラブが存在するのでも、周辺のクラブとファンの争奪戦を繰り広げているのでもなく、川崎フロンターレは「市民から愛されるクラブ」となることを目的としており、試合に勝つことは愛されるための手段だと言っているのだ。
サッカーのホームゲームは年間最大でも25試合しかない。月にするとたった2回。その2回のチャンスでどれだけ市民にスタジアムに来てもらい、楽しんでもらうかが重要になってくる。
その点、川崎フロンターレのホームゲームイベントは本当に充実している。
クラブスポンサーの企業とコラボしたイベントや趣向を凝らしたイベントは毎回ホームアウェー問わずサポーターを驚かせている。
川崎市民に夢と希望を与えるフロンターレ
そして川崎市に引っ越来て、フロンターレの行政との連携に驚いた。
象徴的なのが、JRの改札口や駅構内のポスターだ。
JRは某千葉県のクラブのスポンサー企業のため、JRの敷地内はポスターを掲示することが出来ない。
しかし、駅構内では消防署・警察署・赤十字と選手がコラボしたポスターを掲示して、駅の改札を出たところのぎりぎり川崎市の敷地にはポスターが貼られ、フラッグがひらひらとなびいている。
川崎市内の小学6年生には「フロンターレ算数ドリル」が配られる。町内の掲示板に貼られた赤い羽根の共同募金のポスターや火災防止のポスターにもフロンターレの選手たちがイメージキャラクターとして登場する。
フロンターレにとっては自分たちだけでは掲示出来ない場所へのクラブの認知を進めることができる。一方で行政もフロンターレの選手を起用することで、有名人を起用するよりも「何のポスターだろうか」とフロンターレの認知が進むほど注目してもらえるのだ。
行政とお互いにwin-winの関係を築けるかが地域密着型のJリーグクラブにとって最大の課題であるだろう。
フロンターレの場合、「フロンターレ算数ドリル」などで長年行政と築いて来た関係が好転して来ていると言って良い。
天野さんは本の中でこう語っている。
「スポーツでこの国を変えるために スタジアムの宙にしあわせの歌が響く街」より引用
ホームイベントでもシン・ゴジラのプロモーションの際に中原区と協力してスタジアムのピッチにゴジラが通ったような芝生で足跡を作ったり、宇宙強大2DAYSと題して宇宙飛行士と川崎市の子どもたちとの交信にも成功している。
行政とフロンターレが手を取り合って川崎市の子どもたちに夢を与えているのだ。
そしてもう一つ驚いたのが、川崎フロンターレのキャラクター、ふろん太の市内イベントの出演の多さだった。
大きな街のイベントはもちろん、町内のフリーマーケットにもふろん太は現れる。
ふろん太を見れば川崎フロンターレのマスコットであると認識する市民は多いのではないだろうか。
ふろん太とカブレラの一貫したキャラクター性はTwitterでもいかんなく発揮されており、友人の川崎サポーターもふろん太とカブレラとのグリーディングをフロンターレを見に行く大きな理由の一つになっている。
昨年、フロンターレのユース出身の樋口さんがスポンサーという形でフロンターレに帰ってきたのは他のクラブの間でも話題になった。
「ただいま、川崎フロンターレ」10年越しに叶えた夢の先に
トップ昇格以外で子供たちに新しい形でのサクセスストーリーを見出したのではないだろうか。
また川崎フロンターレが行なっている就労支援は、障害者、ホームレスや引きこもりの人たちが述べ1803人にスタジアムでの就労体験に加わり、過去には159人の正規雇用に結実している。
昨今の人口減少と労働力不足が騒がれている中で、スタジアムというフィールドを生かした素晴らしい取り組みだと思う。
川崎を好きになる理由を作り出すフロンターレ
歴史的な文化財や名産品は、現代の人々が作ろうと思って作れるものではない。
だからこそ、市民が街を好きになり、誇りに思うきっかけをJリーグが創造出来ればどんなに素晴らしいだろう。
私は自分が育った調布市がどんなところなのか、説明が難しかった。
多摩川の花火大会、キューピーマヨネーズ工場、深大寺、近藤勇・・・。
有名なものが全くないとは言わないが、出したところで親近感が湧く人は少ないだろう。
そこに存在するだけでは街との繋がりは生まれないのだ。
調布市のどんなところが好きなのか考えたこともなかったし、聞かれても即答は出来なかったと思う。
自分から調布市の良いところを探しに行こうとも思わなかったからだ。
ところがJリーグを見るようになって、対戦するクラブのことだけではなく、ホームタウンがどんなところなのかも興味を持つようになった。
スタジアムに並ぶスたくさんのグルメ、クラブをサポートするスポンサー企業はそのクラブが根付く地域に由来する場合が多く、スタジアムにはその街を好きになるきっかけがたくさん存在しているのだ。
川崎フロンターレは昨年のグッズの売り上げを川崎市に1億円寄付した。
『川崎フロンターレが存在し、活動することで川崎市及び川崎市民の生活を未来永劫、豊かにしていくこと』
天野さんの言葉を名実共に体現している。
川崎市には良いところはたくさんある。でもきっと川崎に住んでいる人たちが気づいていないことも多いだろう。
フロンターレを通してもっとたくさんの人達に川崎の街の良いところを知って貰うことが出来れば、川崎という街と市民に繋がりが生まれるのではないだろうか。
「好きです かわさき 愛の街」。この歌のように川崎の街を愛する人がきっと増えていくだろう。
他サポではあるが、私も1人の市民として川崎の街からフロンターレを見守って行きたいと思う。