マチココロ

サッカー観戦と本業のお掃除、新潟のよいところを綴っています。

アルビレックス新潟

28への想い – クラブとサポーターと早川史哉の未来 –

2018年11月12日。
アルビレックス新潟サポーターにとって待ちわびた日が訪れた。

早川 史哉 選手 契約凍結解除のお知らせ

私は2001年からJリーグを見てきたが、命の危険に脅かされるような病気に罹りながら、ピッチに帰ってきた選手を聞いたことがなかった。

アルビレックス新潟にとってはマルセロコーチの存在がある。
マルセロコーチはアルビレックス新潟に所属していた2010年に急性白血病を発症し、闘病の末2012年に亡くなっている。

マルセロ元フィジカルコーチ ご逝去のお知らせ

史哉が急性白血病を発症した時、マルセロコーチのことを思い出したのは私だけではないはずだ。
だからこそ、このリリースを読んだ瞬間、涙で世界にフィルターがかかったようになった。

闘病している史哉の様子は各方面から聞こえて来ていた。

白血病で闘病中の早川史哉 、サッカーから離れ1年…心境つづる「当たり前のことって当たり前じゃないんだな」(2017年4月28日)

早川史哉選手の病状報告ならびに支援基金の報告について(2018年2月15日)

白血病からもう一度ピッチへ あるJリーガーの闘い(2018年3月10日)

印象的だったのは2018年7月1日に行われたミスターアルビレックスである本間勲の引退試合。
もちろん公式戦ではなかったものの、ビッグスワンのピッチを走り回る史哉の姿を見て、私は心が踊った。

勲は引退試合後のコメントで史哉についてこう触れている。

『ビッグスワンに早川選手が戻ってきました。まだ彼の本当の目標はきょうのピッチに立つことではなく、このビッグスワンのピッチでリーグ戦の舞台に立って活躍することです』

2018年7月25日スポーツライターの安藤さんの記事の中で史哉はこう言っていた。

トップの練習で痛感するのは、どうしても体力の面で他の人よりいっぱいいっぱいで、キツいということ。
 具体的に言うと……例えば1対1で並走しているときです、ファーを消しながらニアにシュートを打たせることは“アリ”なのですが、そこに追い込む前にキツいから足を出してしまって、切り返されてノーチャンスになってしまうシーンがあった。
 人間ってどうしても精神的に楽をしたい生き物なんだなと痛感するほど、弱い自分がプレーに毎回出てしまう。ディフェンスとして、キツいからタックルに逃げてはいけないと頭では分かっていても、いざそのシーンになると足で行ってしまう自分がいる。それが本当に情けないし、悔しい。本来の自分じゃないと分かっているけど、これが現実の自分。このギャップは悩んでいるというか、苦しい部分です。

新潟・早川史哉、ついにピッチに!白血病からの復活と心の葛藤を告白。より引用

この記事から史哉が本来の自分に戻れずに苦しんでいると知った。
彼はプロとして本当に戻ってくることができるのだろうか。
それは近い未来の話だろうか。遠い未来の話だろうか。

私達が思っていた以上に近い未来の話だった。
でもそれは史哉の血もにじむ努力があったからに違いない。

この2年間、恒例になっていたものがある。
それは試合開始直前の練習時に12人の選手をコールすること。
ピッチに散ったアルビレックスのエンブレムを胸につけた11人と選手と史哉へのコールだった。
私たちは早川史哉を忘れていない。一緒に闘い続けよう。

史哉が白血病を発症した際に史哉へ作られたチャントにもこめられている。

「オー史哉 勝利を掴め 俺らも共に闘おう」
(STAY GOLD/Hi-STANDARD)

そして試合当日のベンチにはホーム・アウェー関わらず、必ず史哉のユニフォームが掲げられていた。

山口戦当日。
ずっとベンチに掲げられていたユニフォームはそこになかった。
史哉が身にまとってスタジアムに現れたからだ。

みんなその姿を喜びの涙で一瞬表情が歪んだ彼を温かく歓迎した。

サッカー選手として彼の止まっていた時間は動き出した。

アルビレックス新潟の状況は2016年当時とだいぶ変わってしまった。

所属していた選手の半数以上はいなくなった。
ビッグスワンもアウェーのスタジアムも空席が目立つようになった。
私たちはたくさんのものを守れずに2年半の時を過ごしてしまった。

史哉が戻ってくるピッチはJ1でありたい。そう思っていたけれど叶わなかった。
彼の目の前で、私達は勝利以上にたくさんのものをなくしてきた。

サッカー選手として止まっていた史哉の時間は動き出した。
しかし本間勲の言葉を借りるなら、彼はまだ本当の目標を達成していない。

『ビッグスワンに早川選手が戻ってきました。まだ彼の本当の目標はきょうのピッチに立つことではなく、このビッグスワンのピッチでリーグ戦の舞台に立って活躍することです』

プロとしてピッチに立つ以上、選手の価値は実力で決まる。
クラブが契約凍結を解除したからと言って、史哉がリーグ戦のピッチに立つことが約束された訳ではない。

まだここはゴールではない。

史哉がビッグスワンのピッチでリーグ戦の舞台に立って活躍する。
それが史哉にとっての本当の勝利だ。

「2019年必ず昇格するという強い覚悟を持った選手スタッフと共に闘いたい」

最終戦のセレモニー後、周回する選手スタッフに向けたゴール裏からのメッセージ。

42試合で19敗と言う結果は私たちの脆さを露呈したと言っても過言ではない。
この19敗のうち最低でも半分は勝ちに変えないと昇格と言う目標を持ち続けることが出来ないのだ。

片渕監督を始め、野澤洋輔の復帰、そして史哉の復帰とアルビレックスを想い、アルビレックスのために闘ってくれる人たちが集まり始めている。

来シーズンはスタンドから私達と一緒に見守り続けてくれた史哉がピッチに帰ってくる。
ピッチの中のことも、ピッチの外の状況も全て知っている史哉だからこそ、これ以上ない強い味方だ。

今シーズンの悔しさを糧に這い上がろう。

史哉とみんなと「勝利を掴め」




-アルビレックス新潟

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マチ神奈川県川崎市在住、東京都調布市出身。
新潟に無縁だったアルビレックス新潟サポーター16年目、家事代行会社入社8年目。
サッカー観戦、本職のお掃除、サポーターとして経験したこと、新潟のよいところを書いてます。